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航海日誌〜陸奥介が日記帳〜
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マッチョでハードボイルドでハードコアな毎日を追い求める男の日記帳。
失敗に終わった人生の残りを道楽で埋め尽くさんと疾走中。

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またまた夢の話(嫌な夢)

2012/01/09 23:02
明けましておめでとうございます。皆様、新年を如何お過ごしでしょうか?私は郷里で氷結路面のおかげで原付かっ飛ばすことも出来ず、家の中で冬眠してんじゃないかと思うくらい寝てました。疲れすぎ?

さて、明治37.38年戦役における父祖の輝かしい事跡を思い起こそうと児島先生の「日露戦争」を読み返し、さらに熊人国こと……露西亜帝國(特別にこっちの名前で呼んでやる)関係の記事を読んでいたら、帝政時代には今の国家とも違う「God save Tsar」(神よ、ツァー……皇帝陛下を護り給え)と言う聖歌調の独自の国歌があり、聴いてみたら「熊どもにしちゃなかなかいい歌じゃんか」とか思ってたのがいけなかったらしい。

よりによって露西亜帝国が復活し、サンクト・ペテルブルグでニコライU世みたいな古風な軍装纏ったプーチンが皇帝に即位しロマノフの冠を頂き、
(名前は「ウラジミールT世」か?)「神よツァーを護り給え」と臣民共々熱唱してる夢を見てしまった。


……こええ……絶対碌な事にならないぞ。ヨーロッパに侵攻とか絶対やりそうだ。いや、今ならアジアか?


そうなったらこっちも世界でもっとも高貴な大日本帝國の天孫再降臨だ。
第二次日露戦争勃発と行くぜ!!『皇軍』が半島地帯から満州まで進撃してカタつけてやる。

山下奉文大将を総司令官に仰ぎ、配下に宮崎繁三郎中将、栗林忠道中将が第一、第二軍の指揮を執り、小沢冶三郎大将が聯合艦隊を率い加藤建夫中将の航空軍が空を制して進撃する、まさに帝國陸海軍ドリームスターズと行こうか。

前みたいに甘くはいかねえぞ。太平洋艦隊を三日で壊滅させて、旅順要塞は二週間で陥落させてやる。武士道&騎士道精神など今度は見せてやるものか。生き残った奴らは海岸に並べて銃殺し黄海に叩き込んでやるか、○○人に「熊肉」として売りつけてやる!!
前戦役の激戦地遼陽奉天は一ヶ月で占領し、ハルビンハイラルまで電撃戦やってアムール河の向こうに熊軍を叩き出す!!ついでに前は出来なかったウスリー支作戦も実行し、ナホトカ、ウラジオに上陸しバイカル湖まで進撃して背後の連絡線を絶って包囲殲滅、スターリングラードの友邦独軍の仇討ちだ!!加えて樺太千島はもとより、カムチャツカも頂こう。
そして今度こそ「王道楽土」の建設だ!!ただし今度は大和民族だけだ。他の四族はShut Out!!戦後賠償として、熊どもに引き受けてもらうのだ。

こうして極東に旭日旗輝き、秩序が打ち立てられる。

♪せーんうんひがしーにおーさまりて のーぼるあさひともろともに かーがやくじんぎのなーもたーたかくー しーらるーる あーじあーの ひのでこく ひーかりめでたくあおがるる とーきこそきーたれ いーざはげめ とーきこそきーたれ いーざはーげめー

万歳、万歳、日本帝國万歳!!万歳、万歳、万々歳!!



……これこそ「夢物語」じゃないか。昔の小柄だけど引き締まって筋骨逞しい「やまとおのこ」ならともかく、今のちゃらちゃらした(自分も含めて、ね)小人どもで出来るものか……(涙)

こんなことでも楽しく夢想してないと馬鹿馬鹿しくて人生やってられねえ……コンチキショー。
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「シーバット、何が不満なのだ!!」 byスタイガーのグラサンじっちゃん

2011/12/30 11:29
海江田艦長:「女が居ない!!」

……まあそんなバカな事は言わないと思うが。

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練習第二弾に1/144の「USS SEAWOLF」を組んでみた。音も立てずに移動し、熊人国(ろしあ、と読む)を筆頭とする敵対国の潜水艦を制圧し水上艦隊を襲い、各種ミサイルを使い陸上すら攻撃する最強の潜水艦を目指し計画されたがあまりに究極の機能を求めたため建造費が高騰し二九隻の予定が三隻作って終わりにせざるを得なくなった、まあアメリカらしいと言えばアメリカらしい話を持つ潜水艦だ。

艦の形は単純そのものでパーツ数も少なく、一時間もあれば組みあがる筈なんだが国産メーカーと違い部品の整合が悪いの何の。(ちなみに支那製。気が咎める…………)メインの艦体は反りがあるためか端を接着した後ガムテープでぐるぐる巻きにしてその上から万力で押さえ、しかる後接合部に流し込み型のタミヤセメントを流し接着しなくてはならなかった。これやっても修正が必要。当然離形剤も触って分かるくらいにひどく、風呂場でファインモールドのご機嫌クリーナー掛けて洗わなければならなかった。
こういうところの品質保持は手抜き経済時代の現在においても日本メーカーはしっかりしているのでいいところだなと思います。

……艦橋後ろの用途不明な盛り上がりとか艦形はだいぶ違うけど、魚雷発射管が八門とかの緒元見てると「シーバット」のモデルはこの「シーウルフ」としか思えないんだよな。……って、「沈黙の艦隊」はシーウルフ型が建造される前だったか?なら、「シーウルフ」が「シーバット」を見習ったかもしれないがそんなことはあるわけないか。

あとは継ぎ目修正して下半分艦艇色、上半分エンジングレー(塗装指示による)で塗って完成。

そうそう、少し前だがこう言うのを見つけたので嬉しくなって買ってきてしまった。
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小林源文さんの傑作軍隊劇画、「黒騎士物語」に出てくる戦車を1/35でモデル化したという、我々の世代の「古き良き軍隊ファン」にはたまらない物だ。エルンスト・フォン・バウアー大尉の「黒騎士中隊」が乗り回して熊奴どものT-34やJS-2をぶちのめした車両を……まあ、すでに出ていたものに黒騎士中隊マークを付けたというそういうだけなんだが、モデル化したもの。(一種の「キャラもの?」)指揮官席に乗せるバウアー大尉は付いているし、一つに付きバウアー大尉、シュルツ准尉、クルツ軍曹、マイヤー伍長、ハンス上等兵の立像が付いていて、シリーズ全て揃えると大尉が整列した中隊長車乗員を査閲している場面が出来上がるという結構嬉しいおまけが付いている。
読んでいる人には蛇足だろうが、出ている順番はパンテルA型……外伝、パンテルG型……前半終わり―後期(本編ではすべてG型だったが、外伝ではA型になっていた)V号突撃砲……中盤、第三「ゲルベ」小隊が装備、ヘッツァー突撃砲……後半、「ゲルベ」小隊が装備 ティーゲルU……最後の戦闘でバウアー大尉が搭乗、だが、一番最初のW号戦車が出ていないのが残念だ。何年か前、レジン製の奴で1/35のW号に乗せる5人の人形があったがもう絶版しているだろう……これには「カンプグルッペzbv」のものもあったが、残念なものだ。
ちょうど、タミヤの「憲兵隊セット」が出ていたので一緒に買ってきた。ある意味共産熊人軍より性質の悪いバウアー大尉の宿敵だ。いつもちょっかい出しては「失せろ犬め!!」とか「俺のケツをなめろ!!」とか言われてる。物語には必要不可欠な「やられ役」。

私たちの世代は、押し寄せる熊人軍の戦車隊に問答無用で突撃するバウアー大尉の勇猛としか言いようのない戦いの様と命令に感傷的な擬を差し挟む事無く実行し、常に部下より先に苦難を一身に受け先頭に立つ犠牲的な指揮官魂、いわば「力と勇気が作り上げる男の美学」というか、「戦士たちによる死の共同体の美学」というか、そういう逞しい骨太な男の神話(前にも言ったが、こう言う死と破壊を掌る事は生まれつき男特有のもので生命を産み育む務めを持った女が持ったり弄んだりするものじゃない。絶対に悪影響が出ると思う。個人としてではなく、社会的に。)に酔いしれ、自らも斯くあらんと思ったものだ。ラストで行動不能になった戦車から脱出するよりも目前のJS-2と相打ちになって玉砕し崩れてゆく愛する祖国に殉ずることを選んだように、プロイセン陸軍の将校と言うより日本の武士道精神を思わせる行動が共感を呼ぶのかもしれない。(日本人が制作した作品だから当たり前かもしれないが……)
昨今の目玉でかい女がやたらと乳だの尻だの腿だの晒しながら物騒な武器を振り回して跳ね回る、踊り狂うヴァイオレンスとエロスの気味悪いカクテルが大好きな「萌え萌えミリタリーマニア」の世代とは違ってね……彼らの間ではバウアー大尉も「擬女化」とかされてエロの対象に堕されてるらしいが……俺たちの英雄を愚弄しやがって!!75oのパンテルカノーネでもぶち込まれてくたばりやがれ!!俺のケツでもなめろ!!HER,HER,HER……

この劇画、読んでると「プロイセンの栄光」「ケーニヒスグレッツ」「ホーエンフリートベルゲル」「ヴィクトリア行進曲」「パリ入城」と言った格調高い帝政ドイツ時代の軍隊行進曲が意識の中に流れてくるのだが、どうだろうか?「パンツァーリート」はあからさま過ぎるせいか、洗練された所がない曲のせいかどうも私は出てこないのですよ。

プロイセンの栄光(Preussens Gloria)……独逸帝國興隆の大勝利となった1870年の普仏戦争で奈破翁V世率いる、T世以来の伝統を誇り当時「世界最強!!」と言われた仏蘭西陸軍を打ち破り巴里に入城しヴェルサイユ宮殿「鏡の間」においてプロイセン王ヴィルヘルムT世が統一独逸帝國の初代皇帝として冠を戴いた事蹟を記念し、軍楽隊長ピーフケが作曲した行進曲。独逸の歴史的名誉を象徴する曲であるだけにその後度々使用され、伝統を重んじたヒトラー総統もよく演奏させた。現在でも、独逸連邦軍(ネオナチが増えているという噂が有るが……)において式典や行進のたび演奏される荘厳さと雄渾さ、優雅さに溢れた名曲。(反対に仏蘭西人は絶対聴きたくない曲だろう。)

「黒騎士物語」が映画になったら(ジュー塗れのハリウッドじゃ絶対作らないだろうけど)エンディングのスタッフロールに流れて欲しい曲。プロイセンの騎士として本分を全うしたバウアー大尉への賛歌か、或いは大尉を悼む挽歌であろうか。

さて、もう今年も残り幾日となった。世間として言えば故郷の付近は大地震で無茶苦茶にされた上(お陰で帰る計画は台無しになった)廟堂に居座る国賊どもに日干しにされるは、アメリカの追及を逃れておそらく畳の上で往生すると思われた三大テロリストがくたばるは(うち二人は無残な死に方だったね)、10年間に起きることが1年で起きた1年だったが……自分の一生は仕事で会社に使い倒されて家帰ってぐったりしてた、それだけだった気がする。こんなの人の生き方ではなく、道具の生涯だ。まあ、隣の芝生はどうとやらかもしれないが、何とかしなければいけないだろう。

今年で思い出に残ることといえば……政治的なことには面倒で巻き込まれたくないので詳細は語らないのだが12月半ば、生涯で初めてとある団体のデモに参加して寄生する(※差別用語)人の悪逆に怒号を叩きつけてきたことだろうか。効果があるかどうか……ということは別にして、久し振りに参加する意義を感じられる事だった。来年はちょいと事あるごとに参加しようと思っている。

皆様、来年が良き年でありますように。
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日本の未来を示す新連載、出航!!!…………いやそんなわけない、嘘(笑)

2011/10/10 21:17
皇紀266○年……

布哇で行われる環太平洋海軍合同大演習(リムパック)に参加するため所属する第一航空艦隊とともに横須賀軍港を出港した日本帝國海軍の防空巡洋艦「利根」は航海中忘れえぬ大東亜戦争の古戦場であるミッドウェイ島沖で謎の大嵐に遭遇、想像を絶する大波に同行の海大型潜水艦(※ディーゼルエレクトリック艦の事をこう呼ぶ)「海龍」とともに飲み込まれ、僚艦の視界および電探から一瞬にして消え去った。

状況から悪天候により転覆沈没し失われたと判断された「利根」「海龍」であるが……


彼らは時を遡り、昭和17年のミッドウェイ海戦の前夜に移動したのだ!!彼らの目の前に現れたのは、はるか昔に廃艦になったはずの先代の「利根」……そして、航空母艦「赤城」を中心とする機動艦隊だった。

「俺たちの頭がおかしくなってしまったのか!?」

輪形陣を通り抜け、大艦隊を遠巻きに眺める彼らはひたすら驚愕する。しかも、何かがおかしい。艦隊の編成が違う。
彼らの知っている歴史では「赤城」はその前のインド洋作戦で英海軍機動艦隊の奇襲攻撃を受け大破し修理に昭和18年終わりまでかかる大被害でミッドウェイ海戦には不参加、代わりに珊瑚海の海戦で無傷だった「瑞鶴」が参加していたはずだった。
その「瑞鶴」の姿はなく、「赤城」は悠然と航行している。後方に続いていたはずの第四航空戦隊「龍譲」「隼鷹」の姿もない。

やがて……夜が明け、眼前で展開した海戦は、彼らが知っているものではなかった……


空母「加賀」、多くの航空機と搭乗員を失った代償にアメリカの機動部隊を葬り去った、壮絶な引き分けの筈だった海戦は日本帝國海軍が誇る空母4隻が沈没する惨劇に変わっていた……


言葉を失う乗組員。

艦内を覆う沈黙を破り、艦長新田大佐の命令が轟く!!

「何時いかなる状況においても、日本帝國を守護するのがわれらの勤めだ!!総員、戦闘配置!!」

その瞬間、アメリカの艦載機約40機が「利根」に襲い掛かる!!(第三話?で早くも「1vs40『早殺し』Ver!!」)

しかし砲術学校主席を誇る砲術長名和中佐は慌てず反撃を指揮、二門の5インチ速射砲の猛射撃で米軍機は海の藻屑と消えた!!海上に不時着し救命ボートで漂っていた搭乗員は不幸にして血気に駆られた若手の水兵や将校が機銃の餌食にしてしまった。そして、反撃に転じた「利根」の発射管から対艦噴進砲「秋水」(※『ハープーンSSM』の改良国産名 もちろんアメリカのものより高性能)が捕捉したアメリカの空母に向かって天駆ける!!アメリカの勝利は一瞬にして海底に三隻の航空母艦とともに葬り去られた!!艦内は歓声に沸く。

その夜、「利根」は機動艦隊から聯合艦隊の本隊に状況報告のため向かう途上米戦闘機に撃墜された水上偵察機に搭乗し漂流していた聯合艦隊通信参謀中佐を発見、救出の途上自分たちと同じような時代のものと思われる「海上自衛隊」と呼ばれる軍事組織の駆逐艦と遭遇する。参謀中佐を一瞬早くさらわれたが、中佐の救助と状況監視のためヘリに搭乗し空中待機していた特別攻撃隊「伏龍攻撃隊」(※昔の潜水特攻隊の名前だがここではSEALSあるいは英国のSBSみたいな精鋭特殊部隊)とヘリ操縦員の堰大尉(※4/10日の記事参照)が命令を待たず「護衛艦」と呼ばれているその艦の甲板に間髪入れず着艦させて強行突入、中佐を奪回した。(死傷者は出ていない)

両艦が停止中の隙を付き付近に潜航中の米潜水艦が「利根」を雷撃したが航海長北畠少佐の巧みな操艦により回避、回避機動中に檄昂した分隊士がまたも命令無く飛行魚雷(ASROC)を発射、撃沈すると思われたが命中直前になって原因不明の自爆を起こし、操艦不能に陥れるだけに止まった。発令所(外人かぶれに「CIC」なんて呼ばない)にて分隊士、砲術長に噛み付いて曰く「軍艦がタマ撃ち込まれて、撃ち返すなと仰いますか!!目には目、タマにはタマ言うではなかですか!!」(←あっちの艦の水雷長みたく泣言は言わない)

緊張した事態を解決するため艦長同士の交渉が行われ今後が検討されたが……その間に電算機(コンピュータ)に通暁している通信長千種少佐が「護衛艦」のデータベースに侵入、(つまりクラッキング)データを持ち出した。その結果、彼らが来た世界が日本が敗れた結果の時代であり、日本の美徳……信義、名誉、礼節、秩序、勇気……その全てが崩壊した、一目見ただけで吐き気を催す卑しさと欲望に塗れたおぞましい時代であること、このままでは日本はその国辱の時代に向かう事を(そして自分たちが運が良かった事も)知った「利根」乗員は戦慄する。

「我々の『日本』を護るために力を貸してくれ!!」

時代は違えど同じ帝國海軍の軍人、中佐の悲痛な願いを新田大佐と「海龍」艦長南部少佐、両艦の乗員は快諾する。

参謀中佐の接触により「利根」「海龍」は聯合艦隊に合流。
場違いな友愛主義を振りかざし戦闘への参加をを渋り自らが来た歪み爛れた世を正しいと信じ、日本を同じ方向に導こうとしている「護衛艦」と衝突しつつ、必ずや神国日本を護り抜く事を誓う。

「利根」が太平洋で聯合艦隊とともにアメリカ海軍に果敢な攻撃を加える傍ら、参謀中佐を乗せた「海龍」はその時代の水測技術では捕捉不可能の隠密性を生かし、原爆の製造に必要なウランを得るべくドイツのキール軍港へ向かう……


時代をその背中に担い、新旧今昔『帝國海軍』の益荒男たちは歴史の荒波を行く……







……いや、モデラーに復帰するためリハビリに比較的簡単なRevell社の1/144Class214型Uボートを作っていたのだが、製作中そんなこと考えてた。まあ、某SF作品の当てっこすりなんだが。予想は付くと思うがラストが相当に不愉快だった。ロクでもない日本破壊政策の半分方を占領軍の代わりにテメーの手でやって、「魂のない、空っぽの国」を太平洋の端っこにもう一つ作っただけじゃんか。折角恨み重なる傲慢邪悪なアングロ・サクソンを血と遺灰の海に溺れさせて御稜威輝く名誉の帝國を護る、大和民族なら願ってもない機会だったじゃないか!!まあ人様の作品にごたごた言ったってしょうがないけど。支持してる人もいるのは事実だし。
まあでも、私のような強硬熱烈な「頑固親父世代」は気に入らないわけですよ。
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で、これが出てきた「海龍」。もとはアジア某国からの発注で川崎か石川島あたりで建造されていた8隻のうち最初の艦だったが、その国で政変が起き日本に友好的だった政府が倒れ頭のおかしな革命政権が出来上がり国聯からも制裁対象に指定されたため、引渡し不適当と看做された。4隻が完成していたが、うち2隻を帝國海軍が救済のため買い取った。もう2隻は丁度通常型潜水艦を探していた満州帝國海軍が購入。この頃潜水艦に使われていた「波」「潮」にちなんだ名前が払底していたため、大東亜戦争中の特殊潜航艇から一番艦「海龍」二番艦「蚊龍」と命名された。

何で、艦船モデルとしては半端なスケールだし現用のドイツ製潜水艦なんていう普段はまず手を出さない物を作ったかと言うと何時か作りたいNゲージの情景の中に「軍港」を配置するとき、ドックに入渠している艦にしたいからだ。スケール近いし。

この艦はドイツ帝國……いや、ドイツ共和国の海軍で使用されている212型潜水艦(一隻の名前は誉れ高い「エムデン」だった)の輸出向けモデルなんだそうだ。212型は今流行のX型の舵を使用しているがこれは従来型の十字舵で、他色々なとこが使用国向けに改められて(劣る装備に改変?)いる。魚雷発射管は艦首に8門、使用国に合わせて各種兵装が運用可能。
自動化により乗員は将校5名と下士官兵22名で運用が可能。
購入したのはギリシアの海軍と(昨今の危機的な経済状況の中運用できてるんだろうか?)…………………………
…………いくら恨んでも憎んでも恨んでも憎んでも足りない、一億回皆殺しにした後地獄でまた殺したってまだおさまらない、不倶戴天の南(※差別用語のため伏字)のどぐされ海軍どもだ。魚雷のほかに新開発の巡航ミサイル開発して載せるつもりらしい。名前も名前だし。しかし、あいつらが戦闘を想定している北(差別用語)の貧乏海軍(と呼べる物ならば、だが)ぶっ潰すのにこんなご大層な代物が必要だろうか?いや、絶対に考えている目標は魚雷は海上自衛隊の護衛艦隊、巡航ミサイルは(対地攻撃が可能ならば)日本の原子力発電所だろう。こんな(※聞くに堪えない差別的な罵声のため伏字)な奴らに負けるな、護衛艦隊!!いざと言う時は「日本海」深く葬って漁礁にしてやれ!!(魚たちも住みたくなかったりして♪)

とまあ、危険な論調はここまでにして、潜水艦は構造物が少ないので練習には持って来いだ。まず基本的な部分を作ったら、艦体の塗装だ。日本、アメリカ、欧州諸国とも最近の潜水艦は特殊な吸音素材ゆえか、黒がかった灰色で塗られているが少し色彩が欲しかったので一昔前風に上部が半つや消しの黒、艦底がハルレッドで塗装されていることにした。
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セイルにアンテナや潜望鏡、シュノーケルを取り付けたの図。ちょい見えにくい。
一番前の上が斜めになっている筒が潜望鏡、細いのが通信アンテナ。後ろのごつい筒がシュノーケル。格納状態でも作ることが出来るが、もちろんこっちの方が楽しいだろう。
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スクリュー付いたぜ。前から思うのだが潜水艦でも戦艦でも航空母艦でもスクリューが金色というのはかっこいいと思う。電探が傾いでるから直さなきゃ。
たとえば艦首に輝く菊の御紋のような国籍をあらわす象徴が付かないので(隠密第一の潜水艦がデカデカ国旗を示して行動することなんてない)旗竿につける物を何か考えようと思う。
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大きさ比較。20系寝台客車3輌分と言ったとこ。(横の某三陸鉄道運転手は模型としての大きさ対比に置いただけで縮尺が違います・笑)

そういえばこの艦には今流行の水素燃料電池を利用したAIP(無吸気推進)機関が搭載されているそうな。短時間なら原潜と同じくらいの高速を発揮できると言うことだ。
「沈黙の艦隊」で海江田艦長が指揮して米艦隊と交戦中の「『シーバット』改め『やまと』」からアメリカの潜水艦を引き離す為深町二佐が通常推進の自艦「たつなみ」を残り5分になるまでバッテリーを酷使してかっ飛ばし、配下の幹部に「水中でアクアラングの男を追いかけるシュノーケルのドン・キホーテじゃないんだから」と言われる場面があったがもし「たつなみ」がこのタイプならあの苦労はしなくてもすむだろう。

まあ、あとちょこちょこっと細かい部品くっつけて修正掛けて完成、と言うところです。
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あれ、台湾海軍に「海龍」て潜水艦実際にあったっけ?オランダ製で同型艦は「海虎」だったか?まあいいや。
検索かなんかでこっちの艦のことを探して来た人がいたらごめんなさい、違います。





ちなみに第○?話「ガダルカナル」

「利根」は「海龍」と共に海軍部隊を収容すると同時に米軍を退去させるため第一次ソロモン海戦前後のガダルカナルに進撃するが、途中海上で「護衛艦」とかち合わせる。「起こりうる戦闘を回避し日米双方の将兵を救う人命救助作戦」に向かうとのたもうた彼らに、新田大佐は「アメ公殺戮作戦」に向かっている、「命が惜しければ巻き込まれないように引っ込んでいろ!!俺たちは情け容赦しない!!」と啖呵を切った!!
皇軍を消耗戦から救おうとする所までは同じだったが、遣り方が全く違った。
彼らのお花畑で夢見るありすちゃん的な「人命救助作戦」をぶち壊し、御国に仇為す怨敵を殺りたい放題というわけだ。
上陸したアメリカ海兵隊の司令部を盗み出した史料と傍受した通信の発信源から割り出し、乗艦の陸戦隊(乗組員で編成する臨時編成の部隊ではなくアメリカの海兵隊みたいな常設戦闘部隊。小隊〜中隊単位で警備、陸上戦闘、救助作戦などのため乗艦 もちろん、命知らずの精鋭で陸戦のエキスパート)と伏龍攻撃隊をヘリで付近に下ろし、襲撃のため隠れて待機。
彼らの照準で秘蔵の燃料気化爆弾頭の巡航ミサイルを上陸地点にぶち込み物資と海兵隊を同時に丸焼けHOT BURBEQUE♪(弾頭を放り出したミサイルの外殻はアメ公への警告の為見つかるようにしておく)にして混乱させたところに匍匐飛行で搭載の攻撃ヘリ(アパッチの海軍型。多分名称は「晴嵐」)と哨戒ヘリ(シーホーク?)が司令部に接近し搭載の30o機銃とロケット砲、ミニガンに13o機銃から弾丸の嵐を降らせ司令部を切り裂き吹き飛ばした後伏龍が突入し外からは陸戦隊が狙撃、第一海兵師団長バンデンクリフト少将と幕僚たち、折悪しく居合わせた聯隊長たちを従兵にいたるまで一人残らずSatsugai♪♪挑発のため討ち取った少将と少佐以上の首級を竹ざおに刺し高く掲げ、周りにクレイモア型の地雷(皇紀264?年、帝國陸海軍制式)に、付近で手に入れた15.5cmの砲弾や爆薬、おまけに埋っていた25番の不発弾まで使った仕掛け地雷をすえつけ、怒り狂って反撃に帰ってきた海兵隊を根こそぎ爆殺!!Slash Kill!!
「護衛艦」がしゃしゃり出てくる気配を見せ始めたので、上陸して発見してくださいとばかりの素人じみた動き方でうろうろしていた「幹部」たちをひっ捕まえ人質にして、巻き上げた無線機で陸戦隊長村松大尉(※4/10日の記事参照)が「こいつら10分ごとに切り刻んで明日の朝には朝食にするぞ!!」と艦長の一佐を脅迫(脅迫の方法……『副長』の耳を処置すれば治るように半分まで切る→退去の要求に応じなければ10分ごとに『航海長』、『海曹』を同様→30分で完全に切る→次は目(片方だけ)→応じなければどんどん何でもカットマン 村松大尉:「可哀想に、あんたの部下は2時間後には目もなければ耳もない人の出来損ないになってるぜ、一佐どの?『人命救助作戦』はご覧の通りブラザー・ジョナサン(※アメ公)が大量にくたばって失敗に終わったんだ、仏心出したらどうだ?」)。戦闘海域外に強制退去させた後、第八艦隊による攻撃と地上の不可解な事件で指揮官と命令系統を失い混乱するルンガ泊地に「通信参謀中佐」が渡りを付け「大和」を旗艦とする聯合艦隊の本隊が進撃してきて上陸船団と艦隊、残った陸上部隊を猛砲撃、徹底破壊して撤収。

爆焔の上がるルンガ泊地を艦橋から眺めて新田大佐と副長の楠中佐曰く

新田大佐:「例え100万人の犠牲者と言ったって、それが敵方の話だったらなんて事はない」
楠中佐:「左様。自分の国がいよいよ抜き差しならない状況に追い詰められたら、残忍な戦闘本能を剥き出しにして戦うだけです―――わくわくするような砲撃がしたくないのなら、最初から海軍に志願していませんよ」
新田大佐「敵を殺して国を守る……軍人にそれ以外の何がある?」
楠中佐:「死んでもらう必要がある。だからその男には死んでもらう。非情ですが、そうして世界は動いていくんでしょう……何時か、こんなおっかない事はやめる日が来るでしょうが、明日か明後日か……未来の話だ。おお……」
(泊地で「利根」の艦橋窓ガラスを震わすほどの爆発が起こり、弾薬輸送船が木っ端微塵に吹き飛ぶ。二人を含む艦橋要員、赤みがかった茸雲が轟音を立てて昇るのに見入る。吹き上げられた爆砕物の中に明らかに人と思しきものも見える。まさに『地獄絵図』だ)
新田大佐:「少なくとも60年後ではなかったがな」
(ニヤリとした大佐の顔に爆焔の赤みが映え、凄みのある表情になる。ワーグナーの「ジークフリート」を口ずさむが、我に返って)
新田大佐:「戦闘の最中、自分のしていることを考え直す将校でも兵隊でもいたら、そいつはアホだ。他人が良心に従って行動するのを許したら、そいつは二重のアホだ。さらに自分も良心に従って行動したなら、そいつは救いようのない完璧な馬鹿だ……きっと俺たちは統制された狂人の集団なんだろうが、だからと言って誰が非難できる?これが俺たちの務めで、世界では必要とされているんだ!!現実にな!!戦争は醜いが、それは現実が醜いからだ!!――――――針路右20度、第一戦速!!GF(聯合艦隊の略語)本隊に合流する!!」
楠中佐:「了解―――針路右20、第一戦速!!」
(今度はタンカーが爆発し、特大の火柱が炎のカーテンとなって立ち上る。「神々の黄昏」の如き紅蓮の夕空を背景に、「利根」はガダルカナルを去る。)

歴史上2万人の犠牲を出したガダルカナル戦は……それ以上のアメリカ将兵の流血で片が付いた……(ナレーションに合わせ、死屍累々瓦礫だらけ、不幸にして死に切れなかった海兵隊員が水か神の救いを求めて得られぬままに呻き泣き叫ぶルンガの浜辺、折れ破れ、燃えて灰になる星条旗が映ってこの回終わり)


※二人の台詞はベトナム戦争のAC-130攻撃機の戦いを記した、ヘンリー・ジーベル元空軍中佐著の傑作航空実録戦記「GUNSHIP---SPECTORE OF DEATH」と、「ブラックホーク・ダウン」(原作のドキュメント小説)のギャリソン少将の言葉から。真ん中の「敵を……」は「ナポレオン 獅子の時代」でナポレオンが抗議に来たダヴーに叩き付けたもの。乱暴極まりないかもしれないが、この種の言の葉は逞しさと言うか、骨太さというか、そういうものを感じて好きなのだ。


…………ひどい話。何て奴らだ。いや、こんなヴァイオレンスなことばかり考えてる私が、だが……サム・ペキンパー監督の映画じゃあるまいし。しかし、絶対テーマ曲は「羅針○」じゃなくてデトロイト・メタル・シティの「SATSUGAI」とか「スラッシュキラー」だよな。しかも特別バージョン。

♪俺は太平洋(じごく)のテロリスト
 昨日ニミッツ犯したぜ
 明日はハルゼー掘ってやるぜ
 I`M Terrorist Strait to Out of the Hell!

 奴らに自由の女神などいネエ
 それは俺が殺したから
 奴らにアンクル・サムなどいネエ
 それは俺が殺したから!!
 (じゃーんじゃじゃんじゃん、じゃーんじゃじゃんじゃん)
 殺せ殺せアメ公など殺せ!!
 殺せ殺せ50州全てを殺せ!!

 Satsugai,Satsugaiせよ!! Satsugai,Satsugaiせよ!!〜(Kill.Kill,Kill.Kill)
 独立を血で染めてやれ!!
 Satsugai,Satsugaiせよ!! Satsugai,Satsugaiせよ!!〜(Kill.Kill,Kill.Kill)
 「みらい」など血で染めてやれ!!

 殺せ殺せアメ公など殺せ!!殺せ殺せ全てを殺せ!!(ウォ〜〜〜〜ォ)





「アンタ……イカレてるぜ」
(「ナポレオン」で、ランヌ准将がぶっ飛んだエジプト遠征の構想に酔うナポレオンに呆れた場面の言葉より)

こんな感じだから安らぎがないのか、安らぎがない毎日だからこういうことばかり考えるのか……
(読んでいて気分が悪くなった方へ。ごめんなさい。)
「HATE」は今日はここまでだ。ちょっくら「LOVE」に行ってくる。
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ステージに突入してやりたい事

2011/10/08 00:31
りっちゃんをハルク・ホーガン張りのアックス・ボンバーでぶっ飛ばす
   ↓
ドラムスティックを奪い取る
   ↓
ドラムの代わりに梓の頭を叩く
   ↓
しかもデトロイト・メタル・シティのカミュの叩き方で
   ↓
「にゃ〜〜〜〜 わたしドラムじゃありません〜〜〜〜〜〜(泣)」
   ↓
「黙れ!!同じ音がするんだよ!!何故か分かるか? 脳と頭蓋に隙間が開いてるからだ!!レー○プ!!○ーイプ!!」
   ↓
ぽかぽかぽかぽかぽか(ひたすら叩き続ける)
   ↓
「レー○プ!!○ーイプ!!」
   ↓
ぽかぽかぽかぽかぽか(ひたすら叩き続ける)
   ↓
「レー○プ!!○ーイプ!!」
   ↓
ぽかぽかぽかぽかぽか(ひたすら叩き続ける)
   ↓
ついでにムギを「資本主義の豚」扱いにして踏む
   ↓
ステージ下に蹴り出す
   ↓
熱唱するのは「メス豚交響曲」or「あの娘をレイ○」







いや、どうも「アレ」見てるとこういうことしか思い浮かばないんだ、俺は……
あのどーでもいいような会話や甘えた歌声聴いてるとT34を目の前にしたバウアー大尉みたいな気持ちになってしょうがない。
あとね、作画。あの眼と顔の輪郭が妙に丸っこくてガキっぽいのが気に入らないのよ。どう見たって小学校高学年くらいにしか見えない。(いつもはもっと下品で酷いこと言ってるが。『股●が小○○さそうだ』とか)

「カトリック女学園物」の小説の挿絵描いている方が作画を担当していたら好きになっていたかもね。あの人の女性の描き方好きなんだ。
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また夢の話

2011/10/03 23:47
……いや、変な夢をよく見るんですけどね。
三月前なんか「鉄道むすめ」の渡瀬きぬ姐さんと結婚する夢だった。前後の状況がやけにリアルだったんだが、昔読聞いた夢占いによると結婚の夢と言うのは死の予兆であるというんで……(結婚:こちらの家⇒あちらの家 死:こちらの世界⇒あちらの世界 への移動)なんか締まらないなと思いつつ、東武鉄道の列車に轢かれて死ぬのかなとか心配してたんだが日数もたってしまったので心配もないだろう。(大体一月程度の予兆と言う話だった)

より多く記憶に残るのはヴァイオレンスな夢で、しかも戦場が舞台になっている場合が多いのだ。こんな感じで。

・フィリピン奥地の反撃

私は昭和19年、絶望的な状況に陥ったフィリピン戦線で戦う日本帝国陸軍の将校だった。
ある日、河上にある補給索源からドイツ製のティーゲルT重戦車やマーダーV砲戦車など夢のように強力な装甲車両が大発と艀に乗って送られてきた(それくらい大きな川だった)。
「これで……戦えるぜ」と微笑んだ私、勝ち誇って進撃してくる米軍の戦車中隊に待ち伏せを掛けた!!

面白いように吹っ飛んで燃え上がるシャーマンやM3ハーフトラック。炎の軍装を纏って泣き叫びながら走り回るGIたち.。生き残った奴らはあっという間に降伏。

ティーゲルの砲塔から整列させた捕虜たちにMG42機銃を向けて曰く、

「アメリカ軍の諸君、君たちは実に良く戦った!!捕虜の恥辱はふさわしくない!!」

(解放かと喜ぶ捕虜たち。だが……)

「潔く死ね!!ドゥルルルルーーーーーーーーーー!!(MG42の射撃音)死ね!!死んじまえ!!(アメ公捕虜を猛射)」

最後に残って逃げようとした奴の背中に拳銃(何だったか不明)をぶち込み、アメリカ軍中隊は全滅した。

「やつらを騙まし討ちにするとき使うから装備は剥いでおけ」と部下に指示しているところで目が覚めた


・Uボート

何故か北大西洋で行動している独逸海軍Uボートの先任将校だった。
何かの都合で浮上し、他のUボートと合流することになっていた。
ところが、私はその艦がアメリカ軍の偽装潜水艦であることを見破り、(どこで見破ったかはわからない)艦長に注進した。
艦長も即刻見破り、魚雷を発射、たちまち撃沈!!
真っ二つになって沈んでいく潜水艦の中から生き残ったアメ公がワラワラ出てくる。

私、艦橋に置いてあったMP40シュマイザーを取り、構えて

「俺はナチもヒトラーも嫌いだ!!だがお前たちアメ公はもっと嫌いだ!!死ね!!死ね!!死んじまえ!!」

なんてわめきながら泳いでいるアメ公を撃ちまくった。
(多分映画の「U-571」の影響)


……病んでます。と言うか末期症状です。他に支那戦線で軍刀振り回して敵を斬りまくる夢とかありましたが……

寝たときくらいもっと安らかな夢を見たいものです。
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岩槻城

2011/07/17 23:00
折角太陽が輝いた夏の日に金子が無いからといって何処にも行かないのは惜しいので、自転車に乗って岩槻城まで遠征した。関東の城址は足しげく訪れようと思っていたのだが、何時しか怠け気味の最近、近場なので腰を上げてみようとこの機会に訪れてみた。まあ、一月にも行ったのだがその事を書こうと思っているうちに季節も移り変わったので、改めて訪れたわけだ。
(日本式城郭に関しては殆ど守備範囲外でど素人なので勉強しようと思っているがこれもまた果たせていない。)

場所。


太田道灌が築いた城で、元荒川のカーブの内側に広がった大きな沼の中に築かれた、縄張りとしては良い城だ。
空から鶴が舞い降りるのを見てこの地を見付けた事から「白鶴城」という優雅な名前が付いている。
道灌亡き後家臣が裏切ったり太田氏が北条家上杉家何れかに付くかで内紛を起こしゴタゴタの挙句親兄弟の間で取ったり取られたりを繰り返した後(実際の攻撃で陥落したことは無く、謀略が要因だったようだが)、太田家が北条家によって乗っ取られ(北条家に近かった棟梁が合戦で討ち死した後北条氏政の弟氏房が半強制的に養子に入り継いだ。)直轄の城となった。

やがて太閤秀吉の小田原攻めを迎え、城主氏房が北条家の一員として小田原に詰めたため城代が二千の手兵で守りを固めたが相手の包囲軍は二万人。

破滅の一歩手前、かねてから同盟を結んだフリードリヒU世率いるプロイセン王国の軍勢がはるか欧州から「友達作戦」の作戦名のもと後詰に到着、歩兵が得意の「斜行戦術」を展開し銃撃を浴びせた後龍騎兵が雷電の如く剣戟を煌かせ突撃する熾烈な攻撃で豊臣方の包囲軍を蹴散らし城を解放、「ホーエンフリートベルガー」行進曲を演奏しながら入城、守城方と普軍は感激の握手を交わ…………

…………す筈も無く、衆寡敵せず一日で開城。(大体時代が200年近く違う)

徳川家康が江戸に入り幕府を開いた後は江戸城の北方を固める要所として青山、阿部など幕府の重臣を勤める譜代大名が入封、そのまま徳川二百年の天下を経て明治の御維新……と言うのがこの城の歴史。周辺の忍城や八王子城のような激しさは無いが緊張の連続ではあった模様。
これが解説の表示板。
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まったく残念なことにこの城も時勢の攻撃を跳ね返すことが出来ず、本丸二の丸三の丸は破却されて町人たちの棲家となり、護りであった沼は埋められてしまった。端に位置していた鍛冶曲輪、新曲輪だけが僅かにその跡を留め、在りし日の想い出を語っている。
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曲輪の様子は城内よりも外側から観た方が分かり易いだろう。元荒川との間の道路から水濠を渡り、恐らくは城門が構えられていたであろう、両側に土塁とがそそり立つ入り口を入っていくとなんとなく緊張を感じる。
この石垣は恐らく後世に安全上の理由から作られたものであろう。この城は本丸などの主要部分を除き石垣は使わず土塁で防禦していたようだ。
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入って右の曲輪を見る。奥の高いところは武者走りあるいは土塁で、昔日には塀が立っていたはずだ。もちろん樹木は無かっただろう。
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武者走りに上がり、道路側つまり元荒川を望む土塁を見る。この外側が水濠。
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反対側、城の奥に向かう土塁。
ここから奥に向かうのが面白い。曲輪をめぐる空濠の中に入り、寄せ手の気分を味わうことが出来るのだ。
次の曲輪、新曲輪との境の通路に階段が付けられ、降りていく事が出来るようになっている。
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もっとも、道路側からも入ることが出来るのだが。「ふるさとの小道」とかノン気な名前が付いているが、戦国の世なら上から矢玉が降ってくるのである。
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反対側から見ると
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ここから鍛冶曲輪をぐるりと回っていく。参考までに。
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右下から入り、青い線を「生涯学習センター」と書かれているところまで歩いていくと思えばよい。
図で沼に描かれている部分は既に埋め立てられ庭園や駐車場になっている。
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一月に来たときは葉が落ちており、光が差し込んで明るかったのだが今回は木々の影のおかげで少し不気味で、振り向いたらここで討ち死にした将兵の甲冑をつけたままの骸骨が落ちてるんじゃないかとか考えてしまう。なんとなく、黒澤明監督の傑作時代劇映画「蜘蛛巣城」に出てきた死霊や妖怪が集う魔所、「蜘蛛手の森」を思わせた。
でなければ「地獄の黙示録」のカーツ大佐が、自ら統べる王国とともに目の前に現れそうだ(笑)
土塁が切れて庭園が見えてきたときは正直安心した。
……もちろん、夜中に歩くのだけはゴメンだ。絶対亡霊が出てきそうだ。
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この先に面白いものがある。視覚効果を出すために道に二本の土管が半分埋めてあるのだが、これがあった場所。
90cmもある障害物なら重い甲冑を着けていた日には超えるのが手間や苦労なんてものじゃないだろう。乗り超えようとワタワタしているところを鉄砲や弓箭で狙われたらまさにカモだ。よく考えられた防禦施設だ。
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しかし、まだ三メートルもあったのか。

建物はほとんど残されていないが、門が二つだけ残っている。
城内にあった門と言うことが分かっているだけで何処に配置されていたものかは不明だそうだ。構造から見て曲輪の口で防禦施設を兼ねているものではなく、城内に配置された屋敷の出入り口、と言ったところだろう。
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何れも破却の際払い下げられて破壊を免れたものだが、そう言えば郷里の根城と八戸城にも同じ話があった。やはり人と同じで運次第なのだろうか。
この城で往時を偲ぶことが出来る遺構は以上これくらいで、あとは変わり果ててしまっている。時代の流れだからしょうがないが、やはり失われた城の姿は惜しいものだ。
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最後に沼の跡である庭園に掛かっているこの「八つ橋」であるが、もちろん城の遺構ではなく近年公園として整備された時作られたものである。東武鉄道の車内広告の写真で見て大手門前あたりの堀に掛かる、城郭時代の橋かと思っていたので来て見てがっかりだったが。近辺では美しい風景として結構有名なようだ。
だがこの度の震災でやられたそうで、今は立ち入り禁止になっていた。欄干から橋桁まで亀裂がもろに入っている。市内の建物も古い土蔵は屋根瓦が落ちビニールで覆っていたりしていた。
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外に出て通りを見てみると城下町の面影が残っている。見ているだに懐かしい感じの木造の伝統ある建物や、明治大正に建てられた洋館形式の建物が建っている。裏を見ると土蔵も多い。
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おまけに、八戸でも絶滅したこのポストがまだ立っていて感激してしまった。
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帰りは元荒川沿いに帰ったのだが、この川は越谷のあたりまで土手がなく、広い川幅のまま周りと同じ高さで流れている。
洪水のときが恐ろしいが今日みたいな晴れた日に河原から眺めるのは良いものだ。
古い小船がつながれているのも懐かしく、面白い。(写真左手が岩槻城)
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帰りにふと、この橋が見えたので惹かれて立ち寄ってみた。
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高さはかなりあり、眺めもよく川のおかげで天然のクーラーが効いて江風が涼しかった。
岩槻側の眺め
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越谷側の眺め。
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……こういう川には無粋な工事で手を入れて欲しくないものだ。



さて、この城址公園には鉄道ファンにとって興味深い物が展示されている。
東武鉄道で昔運行していた特急列車「DRC(Deluxe Rommance Car……デラックス・ロマンス・カー)」の先頭車だ。

「俺は音楽に感謝している……ミュージシャンにならなければ猟奇的殺人者になっていたから……」

……それはDMC。(Detroit Metal City……デトロイト・メタル・シティ)


きぬ。
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…………きぬ。
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…………渡瀬きぬ…………


保存状態は……外側は良好とは言えない。光が当たらない北側はいいのだが……
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太陽光が当たる南側は褪色するわ、塗料は剥げてるわ、外板は凹んでいるわでかなりアワレな状態だ。
しかし内部は良好だ。清掃員の方が一日に何回か手を入れて下さっている。本当に努力と苦労に感謝、だ。

もちろん、中に入っていくことが出来る。客室はもちろん運転席にも入って遊べる。
客室は冷暖房が効いているからゆっくり読書する場所としても良いだろう。(飲食禁止なのでお忘れなく)椅子、テーブルも可動状態なので座っていると鬼怒川日光まで旅客を連れて行った華やかな日々を偲ぶことが出来る。
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運転席がやはり面白く、運転手席こそ撤去されているが運転機器や計器板はそのままだ。
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幾つかのスイッチは固定されているが、大方のスイッチ類やマスコンハンドルは可動状態なので運転した気になることももちろん出来る。
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……………いい年して何をしてるんだが俺は……
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結構人気があって有名な車両だったが保存されているのはこの車両と向島の東武博物館だけなんだそうだ。
休日に行くとこういうものだからガキンチョたちがかなりうるさいが、東武のファンは訪れてみると良いだろう。
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家の神様

2011/07/03 00:01
八戸から久慈に向かう街道沿いに母方の親戚がいた……というか今でもいる。
酒屋兼食料品店を経営している商家だが東北本線や八戸線が開通する前の往来が盛んだった時代には旅籠だったそうで、家は宿の構造がそのまま残っていて興味深い家だった。まあ子供の頃は暗い陰気な家としか思えなかったが。長じてからは面白い家だと思っていた。
少し前に世を辞した祖父様は立派な人格者でその村の村長も勤めた人だが、(この人のお世話で村の博物館の館員になる話もあったのだが機会を逃してしまった。なんて惜しいことをしてしまったのだと悔やんでも悔やみきれない。)次の代が不良だそうな。
娘が婿とって継いでいるのだが、なんかロクでもないことばかりしているらしい。詳しくは聞いていないが商売で狡い事はやるし、家は家事もやらず片付けずで祖父様が寝起きしていた部屋には人から貰った物を放り込み、食料品は腐ったりしてひどいことになっているそうだ。
うちではもう付き合いを絶っている。

さて、庭に土蔵があって一度だけ入ったことがあるのだが、この蔵には白い蛇が住んでいるという言い伝えがあった。
実際、母親が幼い頃見ている。どうやら家の守護神だったらしい。

ところが先年、この土蔵が夜中に原因不明の出火で全焼してしまった。
以来、それまで何とかなっていた商売が下降線をたどり始め、借金も嵩んで危ないことになっているそうだ。
おそらく白蛇が出て行ってしまったのだろう。

八戸や遠野といった南部領地域に伝わる民話で家人が邪道に走った事で家に住まう守護神が愛想付かして出て行き家が没落した話が多く伝わっているが(よく知られている例が「遠野物語」の狐の力を借り家に繁栄をもたらそうとして座敷わらしに嫌われ出て行かれ、没落した豪農山口孫左衛門の話)、どうやらこの一例のようだ。





郷里の私の家にも座敷わらしこそいないが守り神が御住まいで、こちらは母屋の居間と台所の仕切りの戸のところにいらっしゃる。家人に危険があるとこの戸を鳴らして告げるのだ。
昔父がバイクで交通事故を起こした時もこの戸がガタガタ鳴ったそうだし、7、8年前母が妹の車で事故を起こした時もここが鳴ったそうだ。

3.4歳の頃私は台所で三輪車に乗ってぐるぐる回るのが好きだったのだが、所用で家人が私を残して外出し誰も居なくなった筈の冬の夕方、白い和服を着た髪の長い女性がここに立っていたのを覚えている。おそらく私を見守っていたのだろうか。

また一番奥の座敷に床の間があり家の大黒柱が据えられているが、奥座敷で寝ると夜中に床の間のほうから話しかけられたり何かが出てくる気配がして飛び起きたりすることがあったのだが、(おかげでもう奥座敷では寝たくないので帰ったときは居間で寝ている)こちらにも神様がいらっしゃるようだ。こちらは聞こえてきた声から男の神様のようだが……

……そういや大学三年だったか四年だったかの夏休暇に奥座敷で寝ていたら床の間から何かが現れる気配がして危険を感じたので退避しようとしたら右膝に力が入らず(しびれると言うよりなんか感覚がなくなって存在しないみたいだった)いわゆる金縛り状態になってしまったので動く左膝と両腕で必死で逃げ出し、枕元においてあったM1911ミリタリータイプのエアガンを2.3発、床の間に向かって空砲で撃ち(昔あやかしの物を撃退するのに空の弓を鳴らして脅かしたけど、それと同じつもりだった)何とか廊下に出たがわめき声を聞いて助けに来てくれたのは一番遠い二階に寝ていた弟だった。向かいの部屋に寝ていた母は気づきもしなかった。なんて事だ。

最近の経済的不況で家も昔のように裕福ではないが、神様に愛想付かされるような事はしたくないものだ。
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聞き書き・台湾の「冥婚」

2011/06/03 01:02
以前台湾在住の知人(海軍陸戦隊の将校だった!!現在退役されたそうだが)から聞いた、興味深い話があったので記しておこうと思う。

この知人の友人、エヌ君(仮名)が道を歩いていると、道端に白い封筒が落ちていたので何気なく拾ってしまった。中には日本円に換算して20〜30万円程度は入っていたそうだ。
結構な額だからどうしたものかと考えていると、道端から礼服を着た人々が出てきて彼を取り巻き、「兄弟よ」とか「息子よ」とか騒ぎ始めた。突飛な事だから呆然としながらも何のことかと聞いてみると「君はうちの娘の婿になったので、それは持参金だ」と答えが帰ってきた。

まあ当然のことながら知らない人からそんな事言われても困るのでその人たちを振り切って帰宅したのだが、(封筒は無理やり懐に突っ込まれたそうだ)その夜から異変が始まった。

夢に年頃18くらいの娘が現れ「もうあなたと結婚した」「妻なのでこれから面倒見てもらう」と迫るのだ。
これが何日も続きたまらなくなったので両親に相談に行った所、話を切り出す前に
「知っているよ……娘さんがここの所夢に出てきてあんたと結婚したと言うんだよ」と。
「もうしょうがないから相手の家に行ってきな」ということになり封筒の裏に書かれていた住所に行った所、道端で会った人の一人だった親父さんがニコニコ笑いながら待っていて
「やあこんにちは、お待ちしていました……昨夜、うちの娘があんたさんが来ると話していましたもんで」と来たもんだ。

その娘は……というと、その人つまり父親は祖霊を祀った祭壇の前に案内した。そこに、夢の娘の遺影が飾られていた。
つまり、少し前に亡くなっていたのだ。


……年頃の娘が夢に見る嫁入りを果たせずに命を終えてしまった場合、このように結婚させて供養する事があるのだそうだ。
これを「冥婚」という。

後日正式に婚礼が行われエヌ君と娘は夫婦となったのだが、(夫婦で最初の夜の『営み』はしっかり夢で行ったそうな)この場合、婿つまりエヌ君と現世の女性との婚姻が制限されるものではない。
生きている女性を娶ることもできるが、その場合先に結婚した死者の女性を一段上の「大奥さま」と呼ぶ、つまりは大名の「御台の方」みたいな扱いになるのだそうだ。


日本でも山形県の若松寺に「むかさり絵馬」と言って結婚を果たせずに亡くなってしまった人の婚礼姿を絵馬に描き奉納し供養する儀式があったり、靖国神社では未婚で戦死された御祭神に花嫁人形を奉納して慰霊する事があるが、似たような物であろうか。

ただし、相手になるのが生身の男であると言うところが決定的な違いだ。男の身として気味の良い話ではないから、台湾に行った折には道端の封筒その他のものを濫りに拾うのは止めて置いたほうが良いだろう。(拾わされる、のかもしれないが。)
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なんかね……

2011/04/13 12:00
一時期書いていた震災関連の記事は削除することにして実行に移しちまいました。

なんか後で読んでたら白々しくてこそばゆくなってきたんで。普段から「Satsugai」やら「Hail&Kill!!」やら言ってるヴァイオレンスなおふざけ人生野郎が陶酔したようなこと話すのも何だと思うし。

と言うわけで、保存もせずに削除の刑。内容覚えてもいないから二度と書けやしねえ。

「へへ、どっこい無事ですぜ諸君」

これだけ言っときゃ充分だと思う。


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むすめさん人形劇(仮)

2011/04/10 19:29
1.鷹野みゆきの『The Silent Service(沈黙の艦隊)』
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どうしたのみゆきちゃん!?堪忍袋の緒がついに切れちゃったのか?
突然発令所に乱入し、「広島焼き」攻撃で海江田艦長をノックアウト!!
「原潜『やまと』」と大切なマイクを奪い取る暴挙に!!
ニューヨーク・フィルの「ジュピター」をほっぽり出し、「サニサニデイ」を水中に大音響で轟かせつつ、新人の頃からいびられた恨み重なる先輩(※漫画版に出てきた勝気だけど色っぽい先輩ではない)とムカつく客をTALM-C巡航ミサイル(※)で200海里先からピンポイント攻撃だ!!
「♪海鳴りが声を消し去って 暗闇が前をふさいだって 灯りともすはかーないここーろ 消えないようにー♪ Salvo〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

「みゆき!!作品違うとる!!」

※TALM-C:「トマホーク」の対地攻撃、榴弾型(大威力の爆発弾頭。大型目標の攻撃に有利)。Dは榴散弾型弾頭(小さい小弾頭が大量に込められ、目標上空で拡散して爆発する。広域攻撃に有利)、Nは「Nuclear」の略で核弾頭、「TASM」は対艦攻撃用。





2.ちょっとした冗談のつもりが……
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さくら巡査から「ちょっと脂肪が増えて顎がたるみ始めて困ってる……」と聞いたつくしちゃん。昔読んだ「スラムダンク」のネタを思い出し「♪タプタプタプタプタプタプ……」なんてやってしまった。
「♪えへへ〜〜〜〜」なんて笑っているが、さくら巡査は爆発5秒前!!





3.「東武の女」、衝突
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仲のいい二人の間に何があったのかはわからない。
おそらく、どちらかの神経の調子が狂ったのだ。
感情のもつれの直後、アブドーラ・ザ・ブッチャーやキラー・トーア・カマタもかくやの地獄突きがきぬ姐さんの喉元を狙って飛んだ!!とたんに強烈な水平チョップがみなみちゃんの腕を弾き飛ばす!!東武レディの激突、倒れるのはどっちだ!?



……あー、何やってんだ、俺は……

いや、部屋の整理で買ってきたケースに「むすめさん」たちを格納していたら「みゆきちゃんのこのポーズ、『沈黙の艦隊』で海江田艦長がよくやってる、マイクで命令出してるとこに似てないか?」と考えたところから始まって……

いや、これは前置きで他に何かカタい事書こうと思っていた筈だが忘れてしまった……
思い出したら書きます。しょうも無い不真面目なネタでゴメンなさい。
(「『みらい』と『みらい』」もやろうと思ってけどむすめの方の「みらい」を持って無かった)







余談。以前「鉄むす」ネタの新しい小説シリーズをちょっとだけ考えていた。
主人公は例によって帝國海軍の将校2人(当然大東亜戦争にはツングースカ級の隕石がクェゼリン環礁に集結中の米艦隊に落ちて壊滅、ロス・アラモスにも同時に落ちて、原爆開発は施設やオッペンじじい&悪アコッカー等どぐされ人員と共に壊滅。おまけに電磁波その他の要因で電探や通信機器が使えなくなり電気仕掛け頼りの合衆国海軍は神通力消滅、マリアナ&フィリピンで大出血させて反撃成功。最後には欧州でソ連と米英が仲間割れ起こし事態収拾不可、太平洋戦線どころではなくなった!!……こんな感じの天佑神助大炸裂で勝利か引き分けている世の中)、女の子はみーなとありす。
みーなの男が勇敢で剛健かつ木訥、人離れした自己抑制力の持ち主だけど内省的すぎる、南部家の血を引く陸戦隊の指揮官(名前は「村松彪雄海……むらまつたけおみ」、家族と親戚の名前を組み合わせた。どちらかというとこちらが主人公)ありすの恋人が幼馴染で従兄弟の、操縦は天才的だが頭がかなりいかれた、短気で危険なことばかり(飛行本部の鬼瓦を「離陸の時にらみつけてやがる」という理由でスキッドで蹴っ飛ばして落とすとか)やらかす攻撃ヘリの搭乗員、(名前は「堰安宅……せきあたか」、「関船」と「安宅船」から)4人の想いを軸に、逞しく海の武士(もののふ)として成長してゆく益荒男たちと清純な鉄道むすめたちの交流の物語、というような話だ。(他に名前は考えていなかったがSEALみたいな特殊攻撃隊の隊員が二人の同期にいて、任務柄潜水が出来る関係でスキューバダイビングが趣味の辻堂みどりちゃんと初島に休暇で行った時知り合いデキる)
横須賀鎮守府所属の戦艦「信濃」に配属されていた村松少尉候補生が上陸の際河口湖を訪れてみーなに出会い、ひと目惚れしたのを堰候補生が高校時代から恋人のありす経由で繋げてやり、おかげで進歩派を自称するね拗(ねじ)け人の嫌な上官からいびられ挫けかけていた村松は奮起し、やがて彼の活躍で乗艦は聯合艦隊対抗の競技で優勝を勝ち取り、将校としての能力を認められるようになる。2人は優しく美しい恋人たちの情愛と激励を受けながら陸戦隊と航空隊の課程を終え、村松は歩兵の小隊を率い、堰はスーパーコブラ戦闘ヘリ(帝國海軍なら英語そのままではなく日本名が付けられると思うが。『晴嵐』とか)を駆って折から巻き起こった中東の戦役に出陣する……

……とこんな感じで考えたのだが、奉公人を工具の如くに扱い酷使する企業(昨今ざらにある話だが)に身を置いたお陰で私が持っていた想像力はここ2年ほどですり減らされてしまい、必要な登場人物たちの気持ちや話の展開を考えられなくなったので物語の類は描く事が出来なくなった。魅力的なスケッチは幾つか頭に浮かんでいるが、この話が日の目を見ることは無いだろう……
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状況

2010/12/19 22:16
……やれやれ、もう12月だ!!

長い間消息不明のごとき状態でしたが、早い話が仕事のおかげで疲れ果て、家に帰っても書く気力が起きなかったのです。
まだまだ老け込んでくたびれる年でもありませんが。

まあ、ちょいと落ち着いてきたので、溜め込んだネタもおいおい書いていこうと思います。

とりあえず、半分死んでいるような状態ですが……
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三陸再び

2010/08/11 01:14
……何を間違えたのか、夕方に受け取った切符を見ていたら盛岡までだった。

帰りの分は八戸まで伸ばしてもらえたけど次の日の分なんてまず席が空いていないだろうからついでに寄り道して八戸まで行くことに。
盛岡で降り、初めて乗る山田線に乗って宮古までガタンガタン。ひたすら山の中を走る古い路線で、閉伊川の上流の脇を走るのだが、「腹帯の淵」という淵を見てみたいと思っていて居眠りしてしまって見逃してしまった。
「遠野物語」の中の淵のそばの家の娘が主の嫁に見込まれ、病み付いて死んだあと亡骸ごとさらわれて行った、という話を覚えていたからだ。

……長く生きてたかなんだかわからんが、魚類か爬虫類の分際で人様の娘をレ○プするとは生意気なやつめ!!
いつか淵にASROC(※注記参照)ぶち込んで、純潔な娘を汚したどぐされ生殖器のところからバランバランに爆破してやる。「神様を殺すにはチェーンソーで切り刻むのが一番だ」というメタルソングがあったが、「淵の主を殺すには誘導魚雷で吹っ飛ばすのが一番だ」というところか。人類をなめるな!!



※注:合衆国海軍や海上自衛隊の艦艇に搭載してある対潜水艦兵器。目標の近くまでロケットで飛行しブースター部分を切り離し着水、潜水艦を自動的に探知し命中する高性能誘導魚雷。現在就役中のほとんどの潜水艦なら―――熊人国の「タイフーン(アクラ)」型や「オスカー」型など超大型潜水艦以外なら―――1発でお陀仏にできる爆発力を持つ。某SF作品の頭のほうで、魚雷ぶち込んできたアメ公の潜水艦に水雷長のミスタ・米倉がキレて発射しちゃった武装。どうせ恨み重なるアメ公の極悪潜水艦だ、私だったら直前で自爆させずに思いっきり真っ二つにぶっ飛ばして命中を確認した瞬間艦内中大歓声だが……「たとえ100万人の犠牲者といったって、それが敵方の話ならどうって事はない。」、そうじゃないか。

ついでに即興で作った詩?英語にすると良いはずだ

戦士たちよ 反撃の鬨を揚げろ
人類の名誉と勇気を 怪物どもに見せてやれ
世界は自由 俺たちの権利を護れ
強姦と略奪―――罪の代償を払わせろ

化け物ども覚悟しろ 俺たちはもう無力ではない
重武装(へヴィ・メタル)の復讐者!!―――爆発と突撃が払暁の星

用意はいいか!?

機関銃で狼を撃ち殺し
河童を火炎放射器で丸焼けにしろ
猿の経立にTOWをぶち込み吹き飛ばせ
安倍が城は榴弾砲で瓦礫の山だ
大入道を地雷原に追いやり爆殺したら
山男の住処をロケットとナパームで爆撃し
VXガスで止めを刺せ!!
爆雷を淵に投げ込んで 主の大蛇を百に裂け!!

山に潜む敵!!慈悲はいらぬ、虐殺せよ!!

炸裂する火力 警告なき殺戮―――それは人類の夜明け



―――危害加えた奴らには復讐の刃を下してやりたいものだ。特に人様の娘やカミさんまで攫って「女にやってはいけないこと」を散々やった山人どもには……

……モンティ・パイソンの「モスキート・ハンター」みたい。


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やがて宮古駅着。ロータリーが昔母親に連れられて来た頃とはがらっと変わっていた。その時駅近くのデパートで鯨の形した南部鉄器の文鎮を買ってもらったのだが、そのデパートは時代の流れか昔より寂しかった。
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ここからは例によって三陸鉄道に乗って海岸めぐり。「一日乗車券」で気の赴くまま乗ったり降りたりとお気楽に行くことにした。
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♪と・きをこえーてー おいでよあーりす こ・こでまあーってるからー あーりす あーりーす
 このまちーでであったキミはあーりす ぼ・くにわらーいかけた キミはあーあーりーす
(「サリー・マイ・ラブ」の相当に恥ずかしい替え歌・周りに人がいないこと確認してから歌った・苦笑)

始発の列車に栗色のロングヘアが美しく流れる女運転手が乗ってこないかと夢見たが当然叶わなかった。(笑)
前回は陰気な曇り空が残念だったのだが、今年はありすの瞳みたいに青く澄んだ夏の空が爽やかだ……ったんだが、宮古出てしばらくしたら雨が降ってきて……また晴れた。この日に限らずこの休みは一日として同じ天気の日がなかった。
赤字路線という割にはこの列車には立っている人がいるくらい乗っていたような。二両だけということも有るだろうが。

どこで降りるか、など決めていなかったのだが「島越」で降りた。確か13:30くらい。理由はぼんやりして思い出すのが難しいが、数年前家族で来た北山崎に近そうだったからだ。遊覧船に乗って今度は海から見ようと思ったが―――
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駅前に海水浴客が使うと思しきシャワーが整備してあるが時節の真っ最中にもかかわらず、どういうわけか一人も利用者が見あたらなかった。村の中で地元の人もほとんど見かけなかったが。
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上りと下りの時刻表を読み間違えて14:30分ごろ次の列車が来ると思っていたのだがそれは反対側(宮古方面)、つまり来た方向へ戻る列車で久慈行きはさらに1時間後。気が付いたのは列車に乗るため駅に戻ってきてからだった。
おかげで遊覧船に乗り損ねてしまった……「戻ってきたら列車に間に合わないな」と思って。
歩いていったら平気で一時間以上かかり夜までに八戸に帰ることは出来なくなりそうなので断念し、ちょうど、駅左手の川が公園になっていたので持ってきた(冷蔵庫の中に残っていて処分する必要があった)チキン・サンドとゆで卵の昼食を食べ後、そこら辺の海岸を歩き回った。
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駅から右手の漁港。まあ、地方には良くある漁港。
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駅の左手、こちらの方が見て面白い。この岬は本当に「三陸海岸でござい」と言う姿をしている。この岩の模様と頭に頂いた松が美しい。似た姿の岬が続くので、泊りがけで来ていたりしたら先まで歩いて海岸の姿を味わいたかった。

一時間もぶらぶらしているより宮古方面の列車に乗って逆戻りし、久慈方面の列車に出会ったところで乗り換える、つまりこっちから近づいていけば退屈しのぎにもなるし今回の旅は「三鉄に乗ること」という云わば「乗り鉄」じみたことなので目的にも沿うだろうと考えホームに入って来た列車に飛び乗った。自分では鉄道ファンだとは思っていないのだが(模型のことはあくまで「模型」として楽しんでいるので 正直車両や施設の詳しいことについてはさっぱりだ)。
忘れてしまったが田老だったかで八戸まで直通で突っ走る快速「うみねこ」にすれ違ったので乗り換えた。三鉄路線に国鉄仕様の40系ディーゼルカーが入ってくるのは知っていても少し妙だった。面白いのは運転手と添乗員(アテンダントの女性)が三鉄の人だったことだ。(ありすちゃんも40系を運転できるように訓練しているのだろうか?←この路線乗るとこればっかり。)

ついていないことに乗ったくらいからまた空が曇っておまけに雨が降り始め、この有名な橋……小本鉄橋?(名前うろ覚えで申し訳ない)の晴れた光に照り映える景色を見たかった私を嘆かせた。ここでは列車が一時停止してくれる。
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このまま八戸まで乗っていけるのだが、迎えに来てくれる母&プチ・スールには次の列車に乗ることを伝えていたため、変更するとあの二人のことだから混乱しそうなので久慈でいったん降りて予定通りの列車に乗ることに。
久慈の手前でJRの乗員に交代するため三鉄添乗員の女性が切符を改めにきたので、「いつも日記を拝見していますよ」と激励しようと思っていたが、照れてしまって言えなかった(笑)
降りるとき三鉄の機関区側を見てみたら色物……いや、観光列車というかそういう車両が勢揃いで留置されていたので面白いと思ってカメラに収めた。後ろのスレート構造の建物が車庫兼整備場、洗車台の横の赤い屋根の建物が運行本部のようだ。
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例によって次の列車まで間があるのでどこか時間をつぶせる場所が無いかと思ったが、この駅の周りは…………ない。駅の軽食スタンドすら17:00で閉店してしまうのだ。ちなみに最終列車は21時代。これが地方の生活だ。


しかし、日本の海岸は美しい。先月銚子に行ったときにも話に出た加山雄三さんの「海よ永遠に」でも歌われているが、限りなく美しく、永遠に輝いて欲しいものだ。
この海岸を多くの人に知ってほしいとも思うが……やっぱり来て混雑させられて俗化されたら迷惑だから、隠れた名所のままで良いや(笑)





(後日の回想)この島越駅は大津波で周囲もろとも丸ごと流されてしまったそうな……この美しい浜が破壊されてしまった。
やがて復興したらもっと良い場所になると信じているが……

……復興すればネ。
賊と奸だらけの廟堂で出来るとは思えな……(略)



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犬吠埼&銚子訪問

2010/07/10 00:56
―――海よ その広さは君の愛の姿……
 傷ついたこの胸を包んでくれる

 ああ 海よ永遠(とわ)に 限りなく美しく
 ああ 海よ永遠(とわ)に 君は今日も輝く―――


加山雄三さんの名曲「海よ永遠に」を聴いていたら海が見たくなったので銚子まで遠征してまいりました。
ついでにどの「むすめさん」に逢いに行ったかについても弁解はしない。乗ったのは銚子電鉄だ。
(この曲で思い浮かぶのは久慈ありすだったりする。で、小林旭さんの「水たまり」で東武の渡瀬きぬ。情念が深そうなところが何か歌に出てくる「可憐な俺の花のお前」を思わせるから。北島三郎さんの「函館の女」で函館市電運転手の松風かれんちゃん、「北酒場」で車掌の柏木ゆのちゃん。)

関東だし直ぐに着いてしまうかと思ったらこれがまた長い長い。総武線で秋葉原から千葉で乗り継ぎして2時間近くも掛かってしまった。よく考えたら青森〜盛岡ぐらいの距離はあるんだもんね。
銚子駅で連絡の仕方がよく分からなかった(ホームで連絡していたのだが係員がいないので、「孤回り手形」という一日乗車券をどこで買ったらいいか、売っているかどうか確信が持てなかったため)しばらく降りて歩いたのですがこの街、同じ漁業の港町のせいか妙に郷里の八戸に町の感じが似ていて懐かしい気持ちになりました。(確か八戸、銚子、釧路の三港で水揚げ高一位を競っていたと思う)
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ひとまず犬吠埼の灯台を目指して「観音」駅から乗車。
「鯛焼き」が有名な駅ですが、30℃前後の気温の中では食べる気にちょっとなれず……

降りたのが「犬吠」駅、まあ「その娘」こと「つくしちゃん」が働いている駅なんですが……
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建物の作り自体はハイカラで良いんだけど、外装がすごいことになってる(汗)タイルが1/3方が剥げ落ちてるし、向かって右手の電車レストラン(休業中)は郷里の村の畑の中に置かれて物置になってる貨車みたいに錆び錆びだし……「DS版」の絵とは大きすぎる違いだ……
まあしょうがない、△□になりそうな●○私鉄だから……(伏字部分、鉄道省検閲。言わないお約束)
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海岸を見ながら灯台まで歩いて登ったのですが、もう本当に見事な眺め。
外見がコンクリート製のように見えるので最近立て直されたのかと思ったら明治7年に作られたままの煉瓦製だった。
古き良き日の建物には胸が熱くなるものだ。
最上階のバルコニーまで上がっていける。風がものすごい強さで吹いているが、ここまで水平線がはるかに見えるのは気持ちが良い。
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これが灯台の魂。ぐるぐる回る電灯とレンズ。35`先まで光が届くんだそうだ。
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これが出入り口だが、帝國海軍の戦艦で前檣楼の一番上に鎮座していた射撃指揮所みたい。
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灯台の足元にあるのは鐘。それこそ明治の頃は霧の時にはこれを鳴らして警告したのだそうだ。今はサイレンや電子的な信号に変わっているのでお役御免、記念品になっているがもとは青森の尻矢崎にあったと言うので懐かしくなってしまった。
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下の浜に降りたら岩の形が面白い。この段々になっているのが何ていう名前の岩石構造かは忘れてしまったが……
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なんかちょっと血管か脳じみててグロテスク!!内臓爆破!!な気もしますけど。
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……しかしまあ、駅というより畑の掘っ立て小屋みたいだ……

その後、山のほうにある展望台に歩いて行ったのですが、天候が悪化して曇ってしまった事もあり「あー、よく見えるね」程度で終わってしまった。10分ぐらいしかいなかった……(苦笑)どうも私には性に合わないらしい。で、折角だから終点の「外川」まで乗り、ぶらぶら歩いていたら面白い建物を発見。この土蔵風の建物の壁に注目。
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「フ」が10……9個なら「フ」9で「福」にもなりそうだが、10だし……ハテ?と思ったら下を見て一目瞭然。
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10(とう)「フ」で「豆腐(とうふ)」だったのだ。見事な洒落に脱帽。
この後海岸を目指して出鱈目に歩いていたら迷ったけど、生まれの村にとても似ているので前の角を曲がれば家に帰れそな、そんな気がしてなりませんでした。
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…………人の態度や愛想はうちの村のほうがずっと良いですけどね。……あんな土地柄なのか?会った人が偶然ああだったのか、私が怪しかったのかはわからないが……

最後に「仲ノ町」駅にある車庫を見て見ることに。以前話しましたが、模型は好きですが実物の車両にはどういうわけか模型の参考という以外あまり興味を持っていないしそれほど知識もないのですが車両基地には惹かれるものがあったので寄ってみました。
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……なんか車庫というよりうちの納屋みたい。この状態で車両が入って整備できるのかしら……?
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この道では有名な日本最小のドイツ製電気機関車「デキ3」。
つくしちゃんはこの機関車のイメージから作られた女の子なんだそうだ。

……小泉八雲先生の「怪談」の中に「青柳の話」という、若い武士が吹雪の山で泊めてもらった小屋で出会った美しい娘を妻に娶って京都に連れて行ったが実は彼女は柳の精で、本体の柳が切り倒された時彼女も氷が溶けるように消えて死んでしまったという話があるんですよ。
見ていたら突然この話思い出して、つくしちゃんはデキ3の精でこの機関車がスクラップにされてしまった時死んでしまうんじゃないかと考えちゃった。(つくしちゃんファンの人ゴメン。)
……ということは何だ、「つくばエクスプレス秋葉原駅の駅員」はDDH型護衛艦の精だったりしてね。だって名前が。182番。
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ふと考えたんだけど、本来列車の正面って跳ね飛ばされる直前に見る景色なわけで、ある意味神の領域だなって(笑)

最後にもう一往復してから成田線周りで帰ったのですが、夏には海に一度は行きたいものです。
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昔話一題 消防屯所の由来

2010/05/06 23:09
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漁村を作ろうと思ってこれの「漁船」3種類と「消防屯所」を買ってきて眺めていたら祖父に関する昔話を思い出した。実は法に触れる種類のことだが半世紀も前のことで時効だろうし、証人も何より主犯の祖父自身が鬼籍に入っている、道義的にも村民全てのための大いに利益になり誰も損なんかしていないし、面白い話だから思い切って暴露だ。

まだ昭和30年代に入るか入らないか、という頃の話。
帝國海軍の兵曹長で大東亜戦争中はスラバヤ沖の決戦からソロモン諸島の死戦まで太平洋を戦って回った祖父は復員後村の顔役みたいになっていたのですが(話を集めてみると……どうやらや○○、だったようだ……なんか漁港地域の同業者の本拠に軍刀持って斬り込んだりしたから一目置かれていたとかそういう話が。まあある意味日本最大の暴力団「錨桜一家」に所属して機関銃大砲どころか核爆弾なんて外道兵器まで使う世界最大最凶にして恐らくは最悪のマフィア、「星条旗ファミリー」と出入り繰り広げてきたわけだからそこらのチンピラなんて恐ろしくもなんとも無かったのだろう。)その頃村の男たちでに消防団を組織しよう、という運動が起こっていました。
三戸郡の一小村扱いから合併されようやく八戸市の一行政区画になったくらいの場所なので火事が起こっても中心街から遠く離れた村に消防隊が来てくれるわけでもなく、(しかも当時は中心街と村の間に人家はまばらな上に今は埋め立てられた広い沼まであり、交通は頗る不便だった。)家が燃えるのをただ見ているしかなかったわけで独自の消防組織を編成するのは焦眉の急でした。
村の従軍経験者では最高の階級で当然統率を心得、ダメージ・コントロールで消防の経験もある祖父が団長となって村の若い衆を帝國海軍式に厳しく訓練し消防団自体は出来たのですが、問題は装備が無い。あまりこういう言葉は反動主義的で使いたくないのですがいつものごとくお役所の方は一漁村に予算を回すのを渋り遅れ、ようやく消防車は手配してくれることになったのですがそれを収容する屯所を立てる予算は後回し。まあ税金は公のもの、限られた財源の中からいろんな地域に公平に回さないといけないわけだからしょうがないのだが。

こんなのじゃ埒が明かない、と考えた祖父は妙案を考えた。
若い衆を使って家で持っている漁船を(模型の物のような近代的な機動艇ではなく手漕ぎとちょっとした帆装がついている木造船ですが)浜と村の間にある松の防砂林に引き上げてくると、どでかい穴を掘って埋めてしまった。
然る後……荒天で難破し沈没したと保険会社に申告し、当時はそれほど調査も厳しくなかったらしく保険金をせしめ、目出度く屯所と火の見櫓を立てることができたそうな。
当然、その漁船は落着後に掘り出され塗装と番号を変えて再び就役したとのこと。

まあとんでもない話ですが、昨今の悪党どもと違い私腹を肥やしたのではなく村の為にやった事でその後多くの家と人命が火災から救われたわけだから大したものだ、と言えるでしょ。今はその屯所も立て替えられ、場所も移っていますけどね。


……たかり行為の上に国家をチャ○とチョ○に丸ごと売って自分のポケットに代金を突っ込みぼろ儲けしようとしているロクデナシの小●○郎とかその乾分の宇宙人(早くロケットに詰め込んで宇宙に帰すかオバマ大統領に頼んでエリア51に監禁しろ!!)あたりが繰り広げた害悪に比べれば小麦畑の針みたいなもんだ(苦笑)



あとは叔父さんの話で、村外れの自衛隊の演習場に射撃後の薬莢や弾丸を鉄屑屋に売ってお小遣いにするため拾いに行ったのはいいけど風向きの都合で射撃開始のサイレンが聞こえず、いきなり7.62mmの完全被甲弾が一斉に飛んできて危うく死にかけた、というのもありますが……



言うまでも無いが、Don`t Try This at Your Home.(真似するなよ)
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忍の城

2010/04/05 02:12
温暖化が進行して四季の中から消えてくれないかと思っているくらい不愉快な冬がようやく終わりました。(雨と一緒に時々戻ってきやがって頭にきますが)
桜花爛漫の時節、花は風雅に楽しみたいもので(巷のように場所取りやったり外で酩酊したり、浅ましい宴会を張るのは嫌いなのだ)「古城に咲く桜が見てみたい」と思い立ち、昔少し縁があった行田の忍城を再訪いたしました。小田原城にしようかとも思ったが起きた時間が相当に遅かった……
家からだと東武伊勢崎線に乗って羽生まで行き、そこから秩父鉄道で。

しかしまあ、初めて乗ったがなんてボロい……いや、古い列車なんだ。
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戸が閉まると片方の扉が「ガタン!!」と跳ねるし、発進の時は「ドカン」とか言う音とともに衝撃が来るし(ちょうど台車の上に座っていたので)そのうち止まるんじゃないかと思ってたんだがまともに走っていた。
……まだ首都圏だというのに郷里の方のローカル鉄道みたいだ。(いや、八戸線はもっと新しいか)
車内で気になったのだがこの仕切りは何だろう?ほかの路線では見たことがないが……ここを仕切って荷物車みたいな運用もするのだろうか?
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「行田市」駅で降りてみると広がっているクラシカルな街が懐かしいこと。関東というより岩手県のどこかみたいな気がするのは何故だろう?これは駅前の銀行ですが、旧い建物が好きなのでこういう建物があるとうれしくなっちゃいますね。
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城下町の趣が深い町を西へ向かって歩くと城跡の一角へ到着するのですが、景色は期待した通りの見事な花でした。
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いにしへの鏡に映る面影の城、白壁に生える大和桜この色を何か例えん……と見とれていたのですが、この櫓や壁はコンクリ製の復元であることを思い出し少しがっかり。まあ昔のままの海鼠壁や千鳥破風、黒い瓦の天守や櫓をそうそう見たいと思うのも贅沢な願いなんでしょう。こう考えると南部公にお仕えした武家の末裔である私にしてみれば憎たらしいENEMY ZONEですが、弘前城なんかは歴史の荒波を超えて残っている貴重な遺産なんでしょうね。城だけ捕獲して南部領に持ってこられないか?
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一匹でもニヒキゴイ
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武者走り。こういう陣地を見ると「近衛聯隊、戦闘配置!!」の号令とドラムの音が聞こえてきそう。(どこの国のかは知らないが)
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銃眼。あるいは狭間。前から城に来ると持っているブラウンベス・マスケット銃のモデルガンを突き出して見たくなるのだが、持ち歩くわけにもいかないので、持ち運びに手ごろな大きさのコルトアーミー拳銃あたりを持っていき、突き出して構えてみようと……
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この櫓はかつて建っていたものを復元したそうですが実際はもうちょっと南にあったようです。ただ、博物館の模型で見る限り建物は少なかった模様。通常の城なら天守や櫓が聳え立つ本丸も森だったようです。何故かしら?もしかしたら信仰上の理由?(森の中に城の守護神が住まう、とか)
かつては「浮城」の名のとおり、広大な沼の中に配置された幾多の丸や郭が攻撃を阻む不落の威容を誇っていたそうですが、御維新後壊されたり埋められたりで今は跡形もありません。残っていた濠も埋め立てられ公園の池になった部分が残るだけ、「本丸」という地名が誉れ高き堅城の名残を伝えるという栄枯盛衰を象徴するようなさびしい話になっています……
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これがその跡「水城公園」。上の写真、向かって右側が城の郭だったようで、もしそのまま堀が残っていたとしたら、相当の縦深ができるわけですからクリミア戦争あたりまでの装備なら攻撃には難渋するでしょう。そういえばオランダの要塞も水濠作って縦深作ってたっけ。

ここは大学2年の春、熊谷に住んでた友達の家遊びに行った時自転車に乗って訪れたことがあるのですがそのときが丁度「フルメタルジャケット」「ハンバーガー・ヒル」といったヴェトナム戦争の映画や文学が好きで当時の装備なんかも集めていた時期で(その友人の先輩がちょっとしたバイヤーでいろいろ掘り出し物を見つけてくる人だった)公園にかかっているこの橋を見て
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「ヴェトナム戦争映画に出てきそうな橋だぜ」ということで「ヴェトナム橋」と名付けた記憶が。(決して「ヴェトナムにありそうな橋」ではなかった。)まあ、この橋は中国風に作られていてヴェトナムの主要都市にある装飾的な建造物は宗主国のフランスが作った欧州式のハイカラなものでなければ中国のほぼまねっこなのであながち間違いではないのだが。その時「今度はアメリカの海兵隊のカッコしてこの橋をはさんで戦闘しているようななんちゃって記録写真でも撮るか?『田澤教一』撮影とか何とかふざけたキャプションつけて」と言ってたが無分別な当時だから考え、もしかしたら実行したことで今となっては気後れしてとてもできないだろう。若かったものだ(苦笑)いや、今でも気は若いつもりだが。

しばらく城跡をさまよってから熊谷に久しぶりに寄ってみようとまた秩父鉄道に乗ったのですが、なんと30分に1本というローカル線ダイヤ!!しょうがないからホームの待合室でコーヒー飲みながら外の花を眺め列車を待っていたのですが……

なんなんだ、この安らぎは……

妙な安らぎと落ち着きを久しぶりに感じたのは不思議だった。列車が来なければ1時間も落ち着いていたかもしれない(笑)
磨り減っているのだろうか?

同じようにガタガタ列車に乗っていると不思議と安らいでくるもので、時間がないからやめましたがそのまま終点の三峰口まで乗っていこうと思ったくらい。
なんか一日乗車券みたいなのがあるようなので、吐くほど混むであろう五月連休過ぎたら行ってみようかとも思います。



……この路線の「むすめさん」、そのうち出てくるのかね?東武や三鉄みたいに鉄道会社のノリにもよるだろうけど……
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雪、雪、大雪……

2010/01/18 01:02
12日から正月休みもらって郷里に帰ったんですが……

すごい雪だ。しかも初日から。今まで降っていなかったらしい。なんて皮肉だ。
一時間で脚が埋まるくらい降ってやがる。次の朝には放っておいたところは腹の高さまで積もっていた。

また八戸線と三陸鉄道乗って宮古まで南下してみようかななんて考えてたけど出来るわけが無い。自動車を持ってないし持っていてもこんな天候で運転したら事故るのは必至だから駅まで行けないのだ。
しかもこの天候で列車がまともに動くはずが無い。36型気動車と三鉄くんを合衆国空軍のナイト・ストーカー飛行隊がCH47チヌークかなんかでスリング輸送しない限り無理。ありすちゃんがスリングショットの水着で色気振りまいても無理。(爆)逢いたい時でも乗ってはいけない。

しょうがないから表の雪片付けながら家の中でうだうだしているしかしようがなかったのですが……

なんか台所に鋳物の暖炉が置いてありまして。明らかに八戸の農家には不似合い(笑)
市内のホームセンターで半額になって置いてあるのを父親が見つけ欲しい欲しいとごねたので買ってあげたらしい。(子供か!!)
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丁度田んぼで刈り取った稲を乾すのにもう稲村なんか作らずに乾燥機にぶち込む時代なんで、使った長い杭が大量に余っているものですから父親が調子に乗って薪にして燃やしているそうですが、火遊びと言うものは惹かれるもので燃やしていると楽しいもんだ。自分も気が付くと火をくべて眺めているのですが、(憎たらしくてしょうがない怨敵を薪みたいに火の中に放り込むのを考えながらね……)やはり温まり方が石油ストーブと違って自然で良いものです。
火を点け損ねて不完全燃焼起こすと部屋中煙だらけになりますが……

まあ、雪見てたのと「鬼平犯科帳」や「シャーロック・ホームズ」(もちろん「炎のテキサス・レンジャー」も毎朝欠かさずにね)の再放送見ながらぐだぐだしていたの以外は特にこれといった行事も無かったわけだねえ……

犬の可愛い姿見られただけでも良いか。

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……一年中夏だったら良いのにね。
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初日の出

2010/01/01 16:38
初日の出を見ようと思い立ちまして。
郷里なら村の船だまりまで行けば水平線の向こうから妙なるグラデーションの曙光を纏って現れる御来光が拝めるわけですが、ここは埼玉の内陸部……(外川つくんこが駅員している)銚子まで行って見ようかしらんとも思ったが、東武の終夜運転に乗るには竹ノ塚まで自転車で行かねばならず……大体人が群がって鬱陶しいだろうし。(人間が20人以上集まっているの見ると気持ちが悪くなってくるので)
近くでも良いや……と、隣の家の軒先越しに上って来るの見ても有り難味に欠けるので、見晴らしの良い近くの川にかかる橋に行くことに。
まだ暗いうちから出て行ったら一時間も前で……カメラに収めておこうと思って家に戻っても十分間に合うと言う間抜けさを発揮してしまった。
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待った甲斐があって清清しい元旦を迎えることが出来ました。
後ろを向くとこの通り、美しい富士の山が。
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……みーちゃんもあの山の麓でこの日の出を……(もごもご)

良い年でありますように。
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さらば平成21年

2009/12/31 23:43
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問題=なぜこのストーブは外装がベコベコになっているか?

答え=突然よくわからないエラー表示が出てきて止まるから、神鷹がキレて殴り、蹴飛ばしたから。流石に凹んだ外装は見栄えが悪いので腐っても電子機器エンジニアはバラしてハンマーで叩きこの程度までは直したが。   


……ポール・シニアか、俺は。でも鉄拳制裁で直った。江田島精神万歳(苦笑)

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いつも郷里では大晦日にどういうわけかしゃぶしゃぶを食べて一年を送る(で、元日にすき焼きか焼肉)東都にいる私も時間合わせて食べてました。で、今は年越しそばを煮てます。こんな時にしか見ない国営年越し放送見ながら。なんて世間のしきたり通り。

まあ、たまにはこうやって年越しするのも良いかもね。……大掃除は未だに作戦継続中だけど。(汗)

うーむ、しかし今年も記事がなんて少ないんだ。模型も全然完成させられなかった!!
来年はまあ、もうちょっと(変に気合入れると絶対上手くいかない。)

来年はもうちょっと気を入れていこう。年はとったがまだまだ男としては現役だ!!


ま、来年もよろしくお願いします。
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師走れた

2009/12/28 01:18
12月を「師走」と言うのは師匠の坊さんが走り回るほど忙しいと言う意味ではなく、「あれもし忘れた、これもし忘れた」と言うことになる月だから……という話を中学校の校長がしていたが、眉唾だろうな。

なんかこの前河口湖に行って想像の中でみーなちゃんとデートしてきた(バカ)ばかりだと思っていたのに、もう年末だ!!
また今年も仕事で会社に良いようにこき使われへとへとになって一年が過ぎ去ってしまった。このままだとあっという間に年取ってしまうんだろう。

……なんとか環境変えよう。早く青森帰って農業の勉強しようっと。


もう年の瀬も迫ってきたのでこの土日に大掃除しようと思ってたんですが急遽安請け合いで週末の夜勤を交代してしまったためにろくに進まなかった。あふれている書籍類を何とかしようと思って本棚を購入し本を整理したくらい。(しかしまあ、趣味がありありとわかる本棚だ。この下にも段があって「あしたのジョー」全16巻とか「男の星座」とか、梶原一騎作品が入っている。「プロレス・スーパースター列伝」もちょっと見えてるでしょ?)
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10月ぐらいに二階の整理と模様替えをしたんですがまた新しい配置を思いつき、実行しないと気がすまないのでまた戦国時代状態になりそうです。30日まで勤務なので大晦日はごたごたしていることでしょう。
私の正月休みは新年の12日からになってるので(31-3は休みだけど中途半端なので郷里に帰れない)今年の正月はこちらで迎えることになるでしょう。郷里で新年迎えないのなんてまだ生涯で二度目だ。

へん、家が散らかってても正月はくるんでえ。



余談ですが、後半全然艦船モデルに手が回らなかったのはNゲージに手を出していたせいで、取り憑かれたように毎月車輌やレール類、周りの建物を買い込んでいました。

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小学校のころホントにちょっとしたものしか八戸では売ってないしめったに買ってもらえなかった自分が今の「大人買い」している自分を見たらなんと言うんだろう?ベースボードはメーカーが出しているものに寸法合わせて自分で作ったもの。3000円弱で900*600のボードが3枚作れますよ。約1/3。
いろいろ揃えましたが、今年買った物でお気に入りはもちろんこれ、八戸線を走っている想い出のキハ40。(8月の久慈に行ったときの記事参照。)気が向いたら他のも紹介しようと思います。
……部屋整理しないと広げられませんけどね。

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……後ろに見えているのは気にするべからず。多分アメ公への核攻撃という日本人なら願ってもない悲願を頭にキノコが生えたノーテンキなアマちゃん現代っ子どもに邪魔された(南部藩士としての先輩に当たる)気の毒な某聯合艦隊通信参謀中佐の陰謀だ(苦笑)



今までのむすめさんたちって清純派っぽい娘ばかりだったけど、このさきえちゃんはシリーズ初の色香匂いたつ大人の女って感じで良い感じだ!!なんかエロそうで……(爆)
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ポリティカル・ジョーク

2009/11/10 00:08
オバマ大統領が日本に来るんだって。何のため?

エリア51から逃げ出した「宇宙人」をとっ捕まえるためさ。


とか……


こんな事くらいしか書く気が起こらない(苦笑)
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